お侍様 小劇場

   “夏休みの若人たちは” (お侍 番外編 117)

〜微妙に枝番(笑)



大学生はどうかすると六月半ばから、
高校生たちも七月初めの期末考査終了と同時、
事実上の夏休みに入ったも同然という身となり。
そのまま バカンスに繰り出したり、バイトに繰り出したり、
合宿など部活に繰り出したりと、夏はいろいろお忙しそう。
この暑いのにお元気なこと、さすがは若さの為せる技だねぇと、
おばちゃんなんかからすれば、
フリーダムなお立場も、それを生かし切れるだろう無尽蔵な体力も、
好奇心をくすぐる今時の娯楽の数々とそれへ対応の利く柔軟な感性も、
何から何まで ただただ羨ましいばかりなのだけれど。

 「例によって、久蔵さんは剣道部の活動だけなんですか?」

一応は都内の、閑静な住宅街の一角。
こんなところにと意外な場所にひょこりと構えられた、
オーダーメイドカスタマイズを請け負う車輛工房があり。
そこの技術主任 兼 唯一の作業工員でもある林田平八さんが、
息抜きがてらに出て来たリビングへ向けて。
お庭越しに手を振って見せたのが、
お隣りの島田さんチの専業主夫、七郎次さんで。

 『暑気払いにいかがです?』

品のいい薄紫の餡をくるんだ、
透明な葛のつるんとした食感がまた格別な、
適度に冷やされた涼味満載な葛まんじゅうを、
差し入れだと持参なさってくれており。
見た目は至って涼やかなれど、
だがだが、作るにあたっては、
火にかけた鍋の中、水に溶いた葛粉に粘り気が出るまでずっと、
木じゃくしで力強く掻き回し続けるという苛酷さがついて回る代物。

 『ゼリーや寒天とはまた違うんですよね。』

食感が夏向きであるのみならず、
葛には喉に良いという薬効もあり、
また、根ものなのでショウガのように体を温める効果もあるため、
暑い暑いとやたらと体を冷やし過ぎていても、
陰ながら支える格好で働きもし…と。
そういった手間が掛かるにもかかわらず、
夏の涼菓には欠かせぬとされており。

 “だからってだけで 手掛けられることじゃありませんのにね。”

特に気張って構えずとも
家人を思いやることが何事にも優先される七郎次だからこそ。
手間暇だと思いもせず、頑張って作ってしまうし、
お隣りさんへのおすそ分けも自然とこなせる。
やあ ありがたいなぁと、
作って来たご本人よりももっと目尻を下げてしまった平八が、
そうそうそうと口にしたのが、
そんな七郎次おっ母様が猫っ可愛いがりしている次男坊のことで。
お茶のほうは平八が、
片山さんチのキッチンからクーラーポットごと持って来た麦茶、
勝手知ったるで、
こちらのリビングに置いてあるサイドボードからグラスを選び、
めいめいへとそそぎ分けていた七郎次だったものの。
その手を止めることこそなかったながらも、
白いお顔には甘い苦笑を浮かべつつ、

 「ええ、そうらしいです。」

内心では可愛いなぁと思っているくせに、
表向き、しようのない人ですよねという顔をして、是と応じた彼だったりし。
晴れればそのまま気温もぐんぐんと上がって、
熱中症を案じねばならない猛暑日になり。
雨が降れば災害レベルの豪雨・雷雨が荒れ狂う、
極端から極端な始まりようのこの夏だけれど。
いつの間に“ハッピーマンデー”化したやらな“海の日”も過ぎて1週間。
学校はどこもかしこもお休みとなったにもかかわらず、
リゾート以外の町なかでも若者があふれ返っていて、
人出も活気もなかなか引かぬのが、日本の夏。

  ……であるというに

島田さんチの次男坊、高校二年生の久蔵くんと来たら。
お友達と旅行へ出掛ける計画もなく、
資金がないならないでのアルバイトをするという様子でもなく。
世に言う試験休みの間も、ずっとずっとお家に在宅していたようで。
その間、七郎次さんの自慢の庭のお手入れの補佐だとか、
食中毒や電気使用制限を考慮して
余計な買いだめは控えましょうと呼びかけられているが故の
こまめなお買い物の補佐だとか。
はたまた、夏場ならではな、
網戸やエアコンフィルターのまとめ洗いの補佐だとかに、
日々 徹しておいでだったようだし、

 「しかも、昨年同様、
  節電と熱中症を警戒してか合宿はないとかで。」

この夏 一番最初にもーりんが聞いた、
学校行事で生徒が倒れたニュースも確か、
剣道部の練習中に救急車が呼ばれたそれだったほどで。
屋内競技ではあるけれど、練習着も装具も重く、
基礎トレは勿論のこと、激しく打ち込み合う武道である以上、
素振りや乱取りも当たり前にこなさにゃならぬ集中練習を、
蒸し暑い夏場に構えるのはいかがなものかとのお声が、
関係各所から上がったため。
夏のインターハイへの出場選手が直前練習に集まるのを例外に、
各自、体力を落とさぬよう集中力を途切らせぬよう、
自主的な練習をするよう指示があったのみなのだとか。

 「そんな対処で大丈夫なもんなんですか?」

今時の子らは要領ばっかり良いですから、
夏休み明けにまとめてやれば良いや…なんて、
宿題の一夜漬けと一緒になりませんかねぇと。
仄かな梅味の桜色のや、黒蜜をかける白餡の、
アンズ餡のオレンジのやと、
バリエーションも豊富な葛まんじゅうをいただきながら、
案じてのお言葉を紡いだ平八だったが、

 「サボれば結果は目に見える格好で自ずと現れますからねぇ。」

市立という公立校ではあるが、
武道の名門、指導者にも目利き揃いの学校で、
だからこそと遠方からわざわざ進学して来た子も多数。
切磋琢磨も激しいので、サボるなんて自滅行為を選ぶ子は少ないそうだし、
ましてやウチの久蔵殿は、剣道一筋の真面目な和子ですものと。
言わずながらも態度で語る、鼻高々でおわす七郎次さんだったりするのが、

 “……可愛いお母様ですよねぇvv”

日頃は細く糸を張ってる目許を ますますと細めての、
微笑ましいなぁと苦笑が絶えなんだ平八さんだったようでございます。
そして、当の次男坊はと言えば……。









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